川端康成「美しい日本の私」(英訳:サイデンステッカー)講談社現代新書1969

1968年に川端康成がノーベル文学賞を受賞したときの、記念講演全文と英訳を収めた本です。

講演タイトルの「美しい日本の私」は、「美しい」が「日本」にかかっているのか「私」にかかっているのか不明瞭ということで、よく文章術の本でやり玉に上げられるものです。

しかし川端康成が、そんなことに気づかぬはずはありません。
これはあえて「あいまいな感じを出すこと」を狙ったものでしょう。

なぜそんなことを?
たぶん、日本の美意識や価値観とはどういうものか感じてもらうためだったのだろうと思います。
それは、二項対立をベースとした欧米の論理や価値観とはまったく違う、仏教思想をベースにした、「色即是空 空即是色」の、ものごとを一体的にとらえるものです。

その説明は冒頭に登場する道元と明恵の詩にすべて託されています。

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて冷しかりけり(道元)
雲を出でて 我にともなふ冬の月 風や身にしむ雪や冷たき(明恵)

日本にはそうした当たり前の光景、あるがままの自然のなかに、美を感じる文化があったわけです。

この後、一休和尚やら、源氏物語やらの話も出てきますが、それらは補足のためのものですね。たぶん。
欧米的価値観を思わせる言葉、たとえば、論理展開を著す言葉、「~と思う」とか「なぜならば」とか「したがって」とかいうようなものも、一切出てきません。二項対立を軸とした欧米的な論理展開を徹底的に排除しているようです。そのため、何をいいたいのかようわからんということになっているわけですが、そもそも、わかることではなく、感じてもらうことを目的にしたものなので、それでいいわけですね。

後にノーベル文学書を受賞した大江健三郎は、このタイトルをパロって「あいまいな日本の私」というタイトルで講演をしました。

その講演は、川端康成の講演とはまったく異なり文学的な部分がまったくありません。ただ単に、朝日新聞的な事実無根の反日史観を世界に垂れ流し、著しく日本の立場を悪くさせる内容で、ぶっとびますが、その話はまた今度。

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