スイカに塩

「ネズミが襲う日」という映画があった。連続もので二つ作られている。
一作目は主人公ウイラードが、殺人ねすみ軍団を養成するという話で、最後はウイラード自身ねずみたちに殺されてしまう。
二作目はボス「ベン」に率いられた殺人ねずみ軍団が人間に復讐する話である。恐怖映画の形をとりつつ、人間の身勝手さや醜さを批判的に描いた作品である。

この二作目のテーマを歌ったのがマイケル・ジャクソンだった。
当時のマイケルは子供と若者のちょうど中間で、子供のような、大人のような、不安定な声だった。その声がスタンダード・ラブソングのような曲調とマッチして、やさしい雰囲気のバラードに仕上がっている。
マイケルが亡くなってから、テレビでもよく流れている。

映画「ベン」を見たとき、どうしてこんな曲を使っているのかな、と不思議に思ったのを覚えている。

恐~い映画の音楽には、大きく分けて二つの種類がある。

ひとつめは、「ベンのテーマ」のようなやさしいメロディだ。

どういう効果をねらっているのだろう。
早い話が「スイカに塩」である。スイカに塩をかけると甘さが引き立つ、というあれである。
ベンの場合は、マイケルの歌声が、映画の恐怖感を増大させる効果をもっていた。
これでもかこれでもかと観客の胸に「人間の身勝手さ」を強く伝えるのである。

さて、ふたつめ。いうまでもなく暗く深刻な音楽だ。
代表作は「エレファントマン」。奇形青年の悲惨な生涯(実話)を元に、人間の「善と偽善」を厳しく描いた作品である。
この映画のテーマ曲はアルビノーニのアダージョ。徹底的に暗い曲である。クラッシク音楽だ。
どうしてこんな曲を使ったのか。
製作者が意図したのは「深刻さの軽減」だったそうである。
暗い音楽が、なんで「深刻さの軽減」に役立つの? と最初に知ったときは驚いたが、その効果は心理学や精神医学の研究で明らかなのだそうである。「落ち込んだ」ときは、「景気のよい音楽」を聞いた方がよいと考えるのは素人の浅はかさで、実はまったく逆ということである。実験してみたが、たしかに落ち込んでいるときは、暗い音楽を聴いた方が、回復が早い。

よく「うつの人」に「がんばれ」と言っちはいけないというが、あれも同じ原理であろう。
落ち込んでいる最中の人に上向きの努力を強いると、ただでさせ少ない精神の燃料を枯渇させ、かえって回復を遅れさせるということだ。
逆に、気分を落ちるところまで落すと、落ち込みの原因になっていた価値観や信念が破壊され、ターミネーターの補助燃料みたいなまったく新しい価値観や考え方にスイッチが入る。その結果、力強い反発力・復元力が得られるということだろう。

仕事や経済の話はどうだろうか。
最近やたらと「がんばれ」的な論説をよく目にする。「コスト削減しときゃあ景気がよくなる」とか「今だけ辛抱すりゃ大丈夫」とか。従来の価値観や方法論はあくまで是であり、すべての問題の原因は「努力不足にあり」とする論調である。

日本は古来、「価値観や信念」の破壊と乗り換えはたいへん得意とする国である。
しかし残念ながら今は乗り換え先の「価値観や信念」がない。だから破壊もできないということか。

解決策はいうまでもなく新たな価値観と信念の「創造」であろう。


最後に、「スリラー」踊りまくった世代の一人として、マイケルに感謝の気持ちを捧げつつ、哀悼の意を表します。

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